神輿
(
しんよ
)
とは,
神様
(
かみさま
)
の
乗
(
の
)
り
物
(
もの
)
「おみこし」のことで,この「おみこし」を
入
(
い
)
れておく
建物
(
たてもの
)
のことを神輿舎といいます。
東照宮
(
とうしょうぐう
)
では,
陽明門
(
ようめいもん
)
を
入
(
はい
)
って
左側
(
ひだりがわ
)
の
奥
(
おく
)
に神輿舎があります。 神輿舎は,
入母屋造
(
いりもやづく
)
りという
屋根
(
やね
)
の
形
(
かたち
)
をした7メートル
四方
(
しほう
)
の建物で,屋根の
下
(
した
)
には,
鶴
(
つる
)
・
鳳凰
(
ほうおう
)
・インコ・ミミズクなど,
鳥
(
とり
)
の
彫刻
(
ちょうこく
)
が
多
(
おお
)
く
彫
(
ほ
)
られています。また,建物
正面
(
しょうめん
)
の
上
(
うえ
)
には,
徳川家康公
(
とくがわいえやすこう
)
の
干支
(
えと
)
である
虎
(
とら
)
が彫られています。
神輿舎
天井に描かれた天女と3基の神輿
神輿舎の中の
天井
(
てんじょう
)
には,
狩野派
(
かのうは
)
の人が描いた
天女
(
てんにょ
)
の絵があります。
笛
(
ふえ
)
や
琵琶
(
びわ
)
,
花
(
はな
)
を
持
(
も
)
って
舞
(
ま
)
うこの天女は,
日本一美人
(
にほんいちびじん
)
の天女といわれて います。
春
(
はる
)
のお
祭
(
まつ
)
りに神輿が
出
(
で
)
たあと,天女の下で
手
(
て
)
を
打
(
う
)
つと,
鳴龍
(
なきりゅう
)
と
同
(
おな
)
じような
現象
(
げんしょう
)
が
起
(
お
)
きるということです。ただし,
鳴
(
な
)
き
声
(
ごえ
)
ではなく,「天女のささやき」が
聞
(
き
)
こえるそうです。
神輿舎の中の
神輿
(
みこし
)
神輿舎の中には,3
基
(
き
)
の神輿があります。
中央
(
ちゅうおう
)
にあるのが東照宮の
主祭神
(
しゅさいじん
)
・徳川家康公の神輿,
向
(
む
)
かって
右
(
みぎ
)
側が
配祀神
(
はいしじん
)
・豊臣秀吉公の神輿,左側が同じく配祀神・源頼朝卿 の神輿です。中央の徳川家康公の神輿には,
三葉葵
(
みつばあおい
)
の
紋
(
もん
)
がついています。
ー神輿が
主役
(
しゅやく
)
の「
千人武者行列
(
せんにんむしゃぎょうれつ
)
」ー
日光東照宮の
祭典
(
さいてん
)
の中でもっとも
有名
(
ゆうめい
)
な「千人武者行列」は,春季例大祭と呼ばれる東照宮最大の祭典の中の一つの神事で,正式には「神輿渡御祭」といい,神輿が主役になります。
春のお
祭
(
まつ
)
りには3基の神輿が,行列に
守
(
まも
)
られるようにして
進
(
すす
)
んでいきます。行列には,
鎧武者
(
よろいむしゃ
)
を
始
(
はじ
)
め,
槍
(
やり
)
・
鉄砲
(
てっぽう
)
・
弓
(
ゆみ
)
などを持った武者など,53
種類
(
しゅるい
)
・
約
(
やく
)
1200人がお
供
(
とも
)
をします。
(秋は,「
秋季祭
(
しゅうきさい
)
」と
呼
(
よ
)
ばれ,
規模
(
きぼ
)
を
少
(
すこ
)
し
縮小
(
しゅくしょう
)
して
行
(
おこな
)
います。神輿は徳川家康公の1基になります。)
神輿1基の
重
(
おも
)
さは約800キログラムあり,行列のときには,55人で
担
(
かつ
)
がれます。この神輿は,
昭和
(
しょうわ
)
40年代に
新
(
あたら
)
しく
作
(
つく
)
られたもので2
代目
(
だいめ
)
です。
寛永
(
かんえい
)
13年(1636年)に作られた
初代
(
しょだい
)
の神輿は,約1120キログラムもありました。そのため,担ぐのに重すぎるとの
理由
(
りゆう
)
で新しいものが作られたわけです。
この「千人武者行列」は,
元和
(
げんな
)
3年(1617年),
久能山
(
くのうざん
)
(
静岡県
(
しずおかけん
)
)
から徳川家康公の
神霊
(
しんれい
)
を日光に
移
(
うつ
)
したときの行列を
再現
(
さいげん
)
したものです。